指圧学校一年生の夏から、昼間は伝票入力のアルバイトをはじめました。
一年間働き、二年生の夏から鍼灸治療院に弟子入りしました。学校の先生から『慰安的な指圧マッサージは盲人の方のための仕事です。その仕事を奪ってはいけません。治療師になりなさい』と厳しく言われてました。弟子入りというのは、お給料はいただけません。働きながら無料で治療を教えていただけるものです。収入がゼロになりましたが、貯金でなんとかなりました。
その頃バブルが崩壊し、世の中が大きく変わろうとしていました。
それまでマッサージというと、治療院か病院などで杖をついたような高齢者が受けたり、あとは温泉やサウナなどでの需要でした。
平成5年指圧学校卒業あたりで『こりとりハウス』という10分単位でのマッサージ店ができました。そこから、マッサージブームが起こりコンビニのようにみんな気軽に受けるものになりました。
弟子入りした瀬谷先生はエネルギー療法を研究していました。これが『ヒーリング』という魂の治療方法になっていきました。
続く